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青空の下でカーブを描く赤い陸上トラック

ジョギングと全力疾走、同じ「走る」でも何が違う?

短距離のレースを見ていると、選手の脚の動きの大きさに目を引かれます。高く上がる膝、後ろへ流れてすぐに戻ってくる脚。自分が普段ジョギングをしているときとは、ずいぶん違うように見えます。

あの動きを少しゆっくりにしたら、ジョギングになるのでしょうか。あるいは、普段の走りで歩幅を広げ、腕を大きく振れば、あの走りに近づくのでしょうか。

同じ「走る」という言葉で表していても、速さが変わると、一歩の中で身体が行っていることも変わってきます。見た目の違いをたどっていくと、ゆっくり走ることと、全力で走ることの違いが少し見えてきます。

地面に足をついていられる時間

走っている身体を支え、次の一歩へ進むための力を地面に伝えられるのは、足が接地している間です。一般に、走る速さが上がるほど、その時間は短くなります。

全力疾走では、わずかな接地の間に必要な力を伝え、その後は次の接地に向けて脚を運ぶ。この動きが、次々と繰り返されます。大きな力を出せることだけでなく、どちらへ、どのタイミングで力を伝えるか。腕や脚の動きがどうつながるかも、走りに関わっています。

そう考えると、速い選手の膝の高さや歩幅は、それだけを切り取ってまねるものではなさそうです。その速度で身体を支え、次の一歩を出す中で生まれている動きでもあるからです。

普段のジョギングで同じ形を作ろうとすると、かえってリズムが合わなくなることもあります。ゆっくり走るときの脚の上がり方が小さいからといって、それだけで走り方が間違っているとはいえません。フォームを見るときには、その人がどんな速さで走っているのかも、一緒に考えることになります。

緑に囲まれた屋外トラックを走る男性

同じように息が上がっても

長く走った最後には、速さが出なくなっているのに息は苦しい。上り坂でも、それほど速く進んでいないのに、身体には大きな負担がかかります。息の上がり方だけでは、どんな走りをしているかは分からないのです。

身体の中でエネルギーを用意する仕組みも、走り方によって役割の割合が変わります。ゆったりと長く続けるジョギングでは、酸素を使いながらエネルギーを供給する仕組みが大きな役割を担います。一方、短時間の全力疾走では、すばやく多くのエネルギーを供給する仕組みへの依存が大きくなります。

よく耳にする「有酸素運動」と「無酸素運動」という区別です。ただ、身体の中で二つのスイッチが切り替わっているわけではありません。複数の仕組みが同時に働き、走る強さや続ける時間によって、その割合が変わっています。

ここが、練習を考えるときにもつながってきます。速い動きを練習したいのに、疲れ切ってその動きが出せなくなっているなら、苦しさを重ねても同じ練習にはなりません。十分に休んで、狙った速度で動ける状態に戻る時間にも意味があります。

反対に、余裕を残して走った日も、持久力を育てたり、運動を続ける時間をつくったりしています。「今日はあまり苦しくなかった」という感想だけでは、その日の練習の価値は決まりません。

木々のある公園の舗装路を走るランナーの後ろ姿

ゆっくり走る日に、見えているもの

景色を眺め、隣の人と話しながら走る時間。短い距離に集中し、速く動く感覚を確かめる時間。同じ道を走っていても、過ごし方はずいぶん変わります。

全力疾走を、毎回のランニングに加える必要はありません。久しぶりに速く走るなら、身体を温め、余裕のある動きから段階を踏む準備も必要です。速く走る面白さを知ることと、いつでも全力を出すことは、分けて考えられます。

ジョギングを全力疾走の小さな版だと思っていると、ゆっくり走る時間を物足りなく感じるかもしれません。でも、それぞれの走りで身体がしていることを知ると、見え方は変わります。

今日は長く動きたいのか、速く動く感覚を味わいたいのか。それが違えば、選ぶ速さも、休む時間も違ってくる。速い選手の走りに憧れる気持ちを持ちながら、今日のジョギングには今日の目的を持てるのだと思います。

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